市川沙央『ハンチバック』
この小説は当たり前の視点を徹底的に批判しこき下ろす作者の、社会に対する挑戦が読み取れる。
本人の総じての主張は、読書界(出版界)の障害者対応の改善。だが内容的には性愛の実現と虚構で健常者から金を稼ぐ復讐的快感。他人への嫉妬が諦念を超越し、行動力の源泉となっている。
この諦念の気持ちは「あの人」にも共通している気がする。但し死にたい(=生き急ぐ) 「あの人」と行き続ける事で肉体が破壊されていく市川沙央 では根本的に立ち位置が異なる。
健常者がその下らない愛憎劇で見せる妊娠と堕胎は、主人公にとっては果たせない夢であり、高級娼婦は遥か彼方の憧憬である。生命を維持する度に壊れていく肉体、死に向かう生命を持つ主人公が、永久に美しい姿を保つ美術や建築物にありったけの嫌悪と憎悪を抱く気持ち、この視点はフツーの人々にとっては新鮮なものであり、いきなり後頭部を撃ちつけられた驚愕の痛みに匹敵する。
全く取材などせず、自身の経験でもなく、単なるファンタジーで創作したエロティックな記事が、フツーの人々を楽しませて、彼らからお金を剥ぎ取る主人公。それが全て寄付に回される世の中のIronie。1億5500万円を対価とする irrumatioと精飲。そんな価値観が存在するとは誰も思えない世界。こうした異常とも思える行為が実は我々が見逃している障害者の人としての尊厳を映しているのだ。