2024-01-01から1年間の記事一覧

アキラとミチヨシの尖った邂逅——井上道義の伊福部昭

2024年5月5日 東京国際フォーラムA 21:00〜 伊福部昭 バイオリンと管弦楽のための協奏的狂詩曲 V. 山根一仁 伊福部昭 タプカーラ交響曲 指 揮 井上道義 管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団 アキラとミチヨシの尖った邂逅 2024年LFJの最終演奏は井上道義…

Wim Wenders "Perfect Days" が大切にするもの

Die erste Eindruck zum Film【初見の印象】 下高井戸シネマで4月28日と30日の2回見たWim Wenders "Perfect Days" は色々考える引き出しがあって面白かった。 29日の出講日には,主人公の平山(役所広司)の昼食,サンドイッチと牛乳をオマージュしてみた。大…

生成される「忘却できぬ記憶」

岡真理の文章を読んだのは『棗椰子の木陰で』以来かも知れない。あの時と変わらず,この人の視点は表向きの戦争の悲惨さ・破壊のビジュアルよりも,受難者である人々の心に刻まれたものの方が何十倍も深刻であること,非日常性が日常になる生活を送る人々の…

ことばが話者を獲得するのは…

文法構造が安易になっている事と,国際語やlingua franca として人気を博すこととは何の関連性もない。後者は話者数の多さと影響力の大きさによる。 かつては文化語(langue culturelle, Kultursprache, cultured language) という,専門用語や文学などその言…

戦前の教養主義の恩恵とその後の継承への嘆き

戦前の日本で教養を身につけることができたのは、旧制高校生だけだった。最も有名なのは外国語の授業で、甲類は英語、乙類はドイツ語、丙類はフランス語が第一外国語で週に10時間以上をこの言語での購読に充てられた。この授業で旧制高校生は英独仏語による…

Karfreitagsvergebung (聖金曜日の赦し) —— 映画「オッペンハイマー」の簡易分析

【聖金曜日の映画】 2024年3月29日はKarfreitag(聖金曜日)、カトリック教会では磔刑に処されたJesus Christusの受難と死を偲ぶ日である。本日のこの憂いに満ちた悲しみを追憶する日に、日本では原子爆弾の父と言われた Oppenheimer の映画が公開初日を迎え…

大正時代の感傷主義的エリートたち

華厳の滝に投身自殺した一高生、藤村操の「巖頭之感」は当時(1903年)の旧制高校生や知識人に大きな衝撃を与えた、というが、具体的に影響を受けた人の言葉を読んだことがあるだろうか。 例えば当時藤村より5歳年上だが、一高では一年上の寮生(西寮六番)だ…

娘の復讐は愛情の証

※ 国立国会図書館から資料が届いた。日本で初めて『ファウスト』を上演した近代劇協会の俳優,衣川孔雀について二つの雑誌記事だ。 1つは週刊新潮1980年6月5日号掲載の森茉莉「ドッキリチャンネル㊴」,もう一つは季刊下田帖41号1997年12月30日発行コーバー…

寒さの思い出

今日はとても寒い。東京でも雪が降っていた。「ああ,寒い。(Il fait froid.)」このフランス語で大昔のことを思い出した。それは雪がテーマになるある小説のこんな台詞だった。 Elle avait froid jusqu'aux os(彼女は骨まで寒く感じた。) « Ce sera ainsi …

評論家になるなよ、の評論家って?

中学生の頃だったか、ちょっとした小論文を書いていた時のこと、担任の先生から「評論家にはなるなよ。」と言われた。論文を書く職に就きたければ研究者になれ、という意味だったらしい。 評論家も研究者も単純に見れば物事を論じる分には同じように思えるわ…

Humanitas 「人間らしさ 」に就いて

FAUST: Habe nun, ach! Philosophie, Juristerei und Medizin, Und leider auch Theologie! Durchaus studiert, mit heißem Bemühn. Da steh ich nun, ich armer Tor! Und bin so klug als wie zuvor; Heiße Magister, heiße Doktor gar, Und ziehe schon an…

邦訳『ファウスト』翻訳者の系譜

1.ドイツ文学者および大学でドイツ語・ドイツ文学を講じている学者 桜井政隆訳、ファウスト、大村書店 、1925(大正14)(学習院・第八高等学校)→大村書店版全集収録(のちに大東出版社) 茅野蕭々著、ファウスト物語、岩波書店、1926(大正15)(慶応大学)…

Gérard de Nerval のこと

昨年末 Cimetière du Père-Lachaise を訪れたが,その目的は Goethe も絶賛した Faust の仏語訳者,後に作家・詩人として名を殘す Gérard de Nerval (1808-1855)の墓参。折角巴里に來たのだから,誰か自分の興味ある人物の墓参りをしてみたかった。 Nervalが…

小澤征爾のこと

小澤征爾が鬼籍に入った。 この人の前にベルリン・フィルを振った山田耕筰,近衛秀麿,貴志康一は留学中に自腹で楽団を雇って自作を指揮し録音した面々。 youtu.be 一方小澤征爾はお金でベルリン・フィルを振らせてもらった人ではない。 齊藤門下の一番弟子…

映画「陽炎座」4K版のÄsthetikと泉鏡花の原作の耽美觀,そして「夢二」へと続く女の情念の発展

0.はじめに 2月上旬近所のシネマで鈴木清順作品4K化として所謂浪漫三部作が上映された。 この文章は2月5日に鑑賞した「陽炎座」についてその原作である泉鏡花のそれと比較することでめいめいの「美」について考察してみたい。 更に翌6日に鑑賞した「夢二」…

野口さんの遺した言葉

野口剛夫氏が急逝されてもう4ヶ月が過ぎた。 彼の死がクラシック音楽界に何か危機感を与えたかというと、正直そんな影響はないかもしれない。 彼と最初にメールでやり取りを始めた時、ご自身が自分は白眼視されていると書かれた。 あの頃、野口氏のされてい…

「メンゲレと私」を見て考えたこと

1.三部作の共通点と今回の異なる点 「メンゲレと私」鑑賞した。前作2作「ユダヤ人と私」,「ゲッベルスと私」と共通のB&Wで最初から最後までインタビューが流れる様式だが,アフタートークで渋谷先生が解説されていたように,前作2作ではインタビューの…

どこまでも共生を求め過ぎて歪曲する人々について

日本の「道」の文化、茶道、花道、剣道、柔道などは可視的には技術を磨く鍛錬と稽古だが、それだけでは不十分で、精神の鍛錬も要求される。 つまり技術が秀逸で素晴らしい生花、感心する程上手い茶の出来具合、小気味良い一本や敏捷で素早い小手も、それは技…

テクスト批判と作品解釈について(執筆中)

Textkritikを気にする文学愛好家はもはやディレッタントではなく、本物の文学研究に足を突っ込んだ者だと言える。 例えば夏目漱石の作品を読むのに新潮文庫や岩波文庫、角川文庫で読むのは普通だろう。まさかここで岩波書店の漱石全集を買ったり借り出す人は…