ことばが話者を獲得するのは…

 文法構造が安易になっている事と,国際語やlingua franca として人気を博すこととは何の関連性もない。後者は話者数の多さと影響力の大きさによる。

 かつては文化語(langue culturelle, Kultursprache, cultured language) という,専門用語や文学などその言語で何でも表現出来るよく耕された言葉を指す表現があったが,今は言わないようだ。今「文化語」というと北朝鮮の標準語を指すのみになっているようだ。

 前者で言えばスウェーデン語,ノルウェー語,デンマーク語,アフリカーンス語は格変化もないし、名詞の性も極めて簡便になっており,更に動詞も屈折変化がない。アフリカーンス語では英語の be動詞を使うところでも,

   Ek is lank.(I am tall.) Jy is lank. (You are tall.)

   Hy is lank.(He is tall.) Ons is lank.(We are tall.)

   Sy is lank.(She is tall.) Hulle is lank. (They are tall.)

と全人称 is で変化しない。

しかし文法構造が簡単でも世界中の人々がアフリカーンス語を学び易い文法だからと国際語として採用はしない。

 世界史上の国際語の歴史を考えても,κοινή や lingua latina が学び易い文法で簡便な言語とは間違っても言えない。豊か過ぎるほどの屈折変化を持つ言葉だ。ただしこの二つの言葉で詩も散文も隆盛を極めたし,法律用語も表現できた。つまり langue culturelle だった。近世になってからの Français も langue diplomatique として栄えたが,決して学び易い文法を備えている訳ではない。

 現代英語はこれらのことばと比較すれば,簡便に見えるがその簡便さは中途半端極まりない。残す意味のない三単現のs, 頻繁に使われる事で残存している be動詞の変化 am, is, are, was, were ,そして最早殆ど使われないので放置されたままの主語 thou の動詞人称変化 art, hast, comest, wilt 等。人称代名詞は you, it は主格と目的格が同じ形であるのに, I-me, he-him, she-her, we-us, they-themと異なるものが多くあるが,SVOと語順が固定されているのだからyou と it が主格・目的格同形でも問題ない訳で,他の人称代名詞も同じで構わないのではないか?こうした中途半端な残存を改良しようとするアクションは全くない。

 所謂多数決の論理で言葉の共通性が決まるのであるならば今後英語に代わって話者数と世界規模での汎用性を担う可能性があるとすれば,それは日本のお隣の大陸の言語であろう。積極的に世界中の発展途上国に経済的援助をしつつ自国の言語で契約書やマニュアルを送りつける事で有名だ。発展途上国がそれに甘んじれば,この国の言語は国際語になりうる。ただし表意文字を使っているので,拼音を正規の綴にでもしない限りは欧米がこれに追従するのは困難であろう。欧米人はこの言語を拼音で学んでいるからだ。拼音が国際語としての北京普通話になり得たら、毛沢東の壮大な言語政策が貫徹された事になる。漢字全廃。毛沢東はこれを夢見た。

 ただし,万が一簡体字での表記が国際語としても用いられるような事態になれば,台湾は勿論,日本の漢字も簡体字を採用しないと世界からガラパゴスだと非難される可能性がある。歴史的・文化的には甘受出来ない事だが,多数決で国際的スタンダードを勝ち取ろうとする限りはこの文化論争は打ち捨てられてしまうだろう。グローバル・スタンダードが固有の文化・習慣を容易く破壊する特性がよく表れている。